ヒメアカタテハは、世界で最も広く分布するチョウとして知られています。南極大陸を除くほぼすべての大陸で見られ、草原や農地から砂漠、山地、熱帯雨林まで、さまざまな環境に暮らします。
ヒメアカタテハは、チョウ目タテハチョウ科に属する昆虫で、学名はVanessa carduiです。北米では以前「コスモポリタンチョウ」とも呼ばれていました。
絶滅のおそれは低いと評価されています。移動性が高く、年によって数が大きく変わりながらも、広い範囲で子孫を残し続けている種です。
識別と外見
翅の表側は赤みを帯びた黄土色で、オリーブがかった茶色の基部が特徴です。前翅には外側へ斜めに伸びる黒い不規則な帯があり、先端付近には白い短い筋と、4個の丸い斑点が弧を描くように並びます。
後翅には黒っぽい斑紋と、五つの丸い黒点の列があります。翅の縁には淡い色の小さな半月状の斑点が並びます。
裏側の後翅は、オリーブがかった茶色の細かい模様と白い筋が入り混じります。外側に並ぶ五つの眼状紋が目立ち、四番目の紋は中央が黒く青い斑点があり、黄色い輪で囲まれています。触角は上面が黒く、先端と下面が赤みを帯びています。
雌雄の模様はほぼ同じです。近縁種にはV. virginiensis、V. kershawi、V. annabellaがあり、いずれも模様が似ています。
分布と生息地
ヒメアカタテハは、南極大陸を除くすべての大陸で見られます。南アメリカでは稀に現れる迷蝶とされ、オーストラリアでは南西部の限られた地域で見られます。オーストラリアの広い範囲に分布しているのは、近縁のV. kershawiです。
生息環境は非常に幅広く、草地や牧草地、農地、郊外、湿地、タイガ、ツンドラ、砂漠、砂丘、森林、熱帯雨林、山地など、ほとんどの環境に適応しています。標高は海面近くから高地まで見られ、移動の時期には高所も通過します。
移動の時期には、北アフリカや地中海沿岸からイギリスやヨーロッパにかけて広く見られます。ときにはアイスランドまで達することもあります。2024年に発表された学術論文では、フランス領ギアナの浜で捕獲された個体の花粉が西アフリカの低木と一致し、海を渡った昆虫として初めての証拠とされました。
観察が多く集まるのは夏で、なかでも8月前後に多く見られます。ただし、これは観察記録の集まりによるものなので、個体数の多さを示すものではありません。

行動と暮らし
ヒメアカタテハは、毎年のように大規模な移動を行います。ユーラシア大陸では、春にアフリカの越冬地から北上し、地中海を経てヨーロッパの広い範囲へ広がります。秋になると南へ戻ります。移動距離は最長で15,000 kmに及び、数百万匹が参加しますが、その数は年ごとに変動します。
夏にヨーロッパへ北上するのは、アフリカの高温を避けるためです。冬の寒さが厳しい北ヨーロッパからは、南へ戻ることで冬を回避します。移動には高高度の偏西風のような好都合な風を利用し、速やかに大陸を横断します。
秋の帰りの移動は、一度の旅で完結しないのが特徴です。英国の個体群では、熱帯アフリカから北極圏近くまで、最大6世代にわたる段階的な移動によって、およそ14,500 kmを往復することが示されています。レーダー観測により、秋の移動は高い空を飛ぶことが分かっており、そのため目撃されにくいとされています。
移動の規模は、冬の雨によって左右されると考えられています。砂漠で雨が多く降ると植物が茂り、幼虫の食草が増えます。2019年3月には、南カリフォルニアで数百万匹が州を横断して移動しました。同じ年の春、イスラエルでも大量の移動が確認され、その数は推定10億匹に上ります。エルニーニョなどの地球規模の気候現象も、移動に影響を与える可能性があります。
方角の判断には太陽が使われていると考えられています。実験室で育てた秋世代の個体は、太陽が見えるときには南へ向かう方向を正しく選びましたが、太陽から遮られると方向を定められませんでした。
コミュニケーション
ヒメアカタテハは、体の動き、色、化学物質、音などを使って情報をやり取りします。視覚は主要な手段の一つです。
成虫の複眼は数千個の個眼からできており、配偶相手やえさとなる植物を見分けるのに役立っています。幼虫の視力は限られていますが、紫外線の範囲にある色を感じ取ることができるとされています。
化学物質や音も、やり取りに使われる経路として挙げられています。
食性と採食行動
成虫は、主に花の蜜を吸います。とくに背丈の低いキク科の花を好み、高さ0.9〜1.8メートルほどの植物から、アスター、コスモス、赤クローバー、アザミなどの蜜を集めます。花を渡り歩く際に花粉を運ぶため、植物の受粉にも関わっています。
蜜のほかに、アブラムシが出す甘露も口にすることがあります。成虫は、花と甘い汁の両方から栄養を得ています。
幼虫は、主に葉を食べて育ちます。食べる植物は100種以上に及び、アザミやキク科の仲間、マルバアオイ類、マメ科の植物などが含まれます。
繁殖と生活史
ヒメアカタテハは、温暖な地域では一年中繁殖します。寒冷な地域では、秋から冬にかけて繁殖が止まります。実験室では、一年に最大8世代を育てた例があります。
オスは一つの季節に複数のメスと交尾し、交尾は多くの場合、午後に行われます。移動の途中でも交尾と産卵が続き、移動する世代そのものが次の世代を生み出します。
メスは、一度に約500個の卵を、一つずつ食草の葉に産みつけます。卵から出た幼虫は、そのまま葉を食べて育ち、親による世話はありません。成虫は羽化してから5〜7日で成熟します。
メスは、産卵の準備ができると飛行を一時的に止めることがあります。雨の多い場所で幼虫の発育が良くなる可能性も、研究で示唆されています。秋には、9月と10月に新しい世代が多く現れますが、11月にかけて繁殖は次第に減っていきます。
個体数と生態的役割
ヒメアカタテハは、花の受粉を助ける昆虫です。花から蜜を得る見返りに、植物の花粉を運びます。その見返りに、植物は香りや蜜を提供するという相互の関係が成り立っています。
幼虫の食草は100種以上に及び、アザミ、タチアオイ、ゼニアオイ、トウワタ、アスター、マメ科の植物などがよく使われます。これらの植物は、成虫の蜜源にもなっています。
ヒメアカタテハは、食物連鎖の中で重要な位置を占めます。鳥類、コウモリ、ほかの昆虫のえさになります。また、ハエの仲間やハチの仲間などの寄生昆虫が、幼虫や蛹に寄生して育つこともあります。
保全と脅威
ヒメアカタテハは、絶滅のおそれが低いと評価されています。米国連邦やミシガン州などの地域の保護リストにも、特別な指定はありません。保護活動は、現時点では必要ないとされています。
移動の規模は年によって大きく変わります。それでも、広い範囲に多くの個体群が暮らしており、個体数の大きな減少は報告されていません。
文化的意義
ヒメアカタテハの属名は、文学に由来しています。スウィフトの詩に登場する女性にちなんで名付けられ、芸術や民間伝承の中で、はかなさや愛を象徴する存在とされてきました。
人の暮らしにも役立っています。花粉を運ぶことで作物の受粉に関わり、その存在は健全な環境の目安にもなります。そのため、個体数の変化は、科学者が生息地や生態系を調べるきっかけになります。
学校では教育用に飼育され、ホスピス、追悼行事、結婚式などでの放蝶にも使われています。
豆知識
- 曇りの日には、地面の小さなくぼみに入って過ごすことがあります。
- 2019年4月下旬にウクライナ東部で最初の移動の波が確認され、5月中旬からはハルキウの市街地でも数多く見られました。
写真
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生態と分類
分類
- 門
- Arthropoda
- 綱
- Insecta
- 目
- Lepidoptera
- 科
- Nymphalidae
- 属
- Vanessa
- 種
- Vanessa cardui
出典
- GBIF Species names and classification
- iNaturalist Photos
- Wikidata Common names and conservation status
- Wikipedia Summary extract
- Animal Diversity Web Animal habitat, behavior and diet



